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正しく愛を語るには 

 
 
 
 人間ってのは経験を積めば積むほど素直ではなくなってくる。
 
 直球勝負で押し切れるほどの実力も運も無い事を嫌でも悟ってくるからだ。 
 だから・・・

   この場合はコッチから攻めよう・・・ 
   こう返されたら横からコッソリ・・・

 なぁ~んて具合に悪知恵ばかりが働くようになるのだ。
 それは恋愛においても然り。
 
   「 好きよ好きよ、愛しているの 」

 押しの一手で靡かない相手には、引いてみるのもまた一計。
 
 元来、肉食の狩猟民族的人生を好む私は、とにかく自分のものにするまでに全精力を傾ける。 
 押したり、引いたり、捻ったり、あらん限りの手を尽くす。 
 そして、一度相手がコチラに振り向いた瞬間に、それまでの情熱が嘘のように醒めてしまうタイプなのだ。
 我ながらなんと自分勝手な人間なんだろうと思う。
 でも、仕方がないの。
 だって私は、愛の狩人だから。(ぷっ)
 常に誰かに恋をし、叶わぬ想いに身を焦がす状況が、私にとっては生きていく糧でもあるのだ。
 平凡な幸せを夢見る人には決して理解してはいただけないだろうが、私にとっての恋愛は成就するまでが全て。
 愛される瞬間までに、自分がどれ程の思いを注ぎ込めるかが、即ち相手への私の思いの深さでもあるのだ。
 
 これは大変に困った性格なのですよ、実際。
 恋愛は悉く破綻する。 それも私の性格故に・・・。
 ならば、【 私には生涯を共にする伴侶は必要ではないのかもしれない 】 と言う、極端な推論をぶち立ててみることにした。
 そしてそれを実行に移した。
 すると・・・あぁ~ら不思議。
 突然視界が開けたかのように私は自由になれた。
 特定の相手へと注ぎ込むべき情熱を、上手にコントロールし分散させることが出来るようになった。
 赤い服が似合う人が居れば似合わない人も居る。
 つまりはそう言う事だったのだ。
 
 愛なんてものは1人1人その形は違って当然。
 人と同じであれば幸せなんて事はありえない。
 
   恋せよ乙女!

 こんな私でさえ、今は上手くやっているのだから・・・
 
 その壁を越えた先に、貴女の幸せが待っている・・・かもしれない・・・よ?
 
 
 
 
 
 
[ 2008/04/15 22:22 ] 日記 |








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