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和三盆・・・ぢゃなくて和讃なのよ  『オグリ!~小栗判官物語より~』@日本青年館・其の三 

 
 
 
 
うん、和三盆を使った菓子ってのは高級っぽくて良いよね
甘いの好きくないけど、酒飲みだから・・・


・・・・ぢゃなくてぇ!

 今回のお題は和讃の中の小栗についてなのでありまする、るるるるるっと!
 いえね、↓の壱・弐が柄にもなく真面目っぽかったので疲れちゃったの。
 なのでいつものマイペースに軌道修正しようってすんぽうなのよ。

 和讃とは何ぞや?

 ・・・って、辞書引けやっ!!
 と言ったら怒られちゃうから簡単に説明すると、仏教の教えを七五調で詠じられたもので、それに独特の節をつければ御詠歌と呼ばれるのね、うん。 (自分でもなんとか消化しようとしている状態)
 和讃と言えば最もポピュラーで皆さんご存知なのは『地蔵和讃』でしょうか?

 ・・・えっ?知らない?
 そんなこたぁーねぇーよ、

  一重積んでは父のため
  二重積んでは母のため
 

 お馴染みの賽の河原のお話ですよ。
 さて、ではここで問題です。
 三重積むのは誰のためでしょーか?
 

 

 
 
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[ 2009/06/06 22:37 ] 観劇記録 |

猛々しいほどに漲る力  『オグリ!~小栗判官物語より~』@日本青年館・其の弐 

 
 



≪今回は観劇感想とはちょっとズレてます・・・カタイよ、かなり≫




 『オク゜リ!』 開幕前に予備知識をつけるために様々な書籍を読み漁った。
 その一環として資料集めも兼ねて、藤沢市の教育関連の施設に問い合わせをした。
 そこで市内在住の歴史研究科のT先生をご紹介いただき、お話を伺わせていただいた事は、以前にも触れた。
 その際にT先生が

  伝承には力がある

 と仰った言葉が印象に残っている。

 史実は、あくまでも史実であり、それ以上でもそれ以下でもない。
 しかし、人々の記憶に深く印象付き語り継がれる物語には、それ自体に命がある。
 荒唐無稽であったり、史実を捻じ曲げたものであったとしても、その中には人々の願いが込められているのだ。
 小栗判官の物語が世に知られるようになるのは、鎌倉大草紙にまで遡る。
 これは康暦元年からおよそ100年間の関東地方の歴史を記した書物で、その上巻の中で応永三十年(1423年)小栗孫次郎満重の乱にその名を見ることが出来る。
 この書の中で小栗満重は敗戦の将であり、十人の家臣と共に三河の国へと落ち延びる際に、相州権現堂にて盗賊の一味に毒殺されそうになった時、照姫(照手姫)と呼ばれる遊女に助けられる。

 常陸の国の敗戦の将が二条の大納言家の嫡子となり、一遊女であったはずの照手が郡代の娘となる。
 通常の感覚では有り得ないほどの置き換えが、なぜ行われたのか?
 そこに説教節としての小栗判官の物語を読み解く鍵があるのだと思う。
 
 落武者が逃亡中に命の危機に晒され、同じように人生の苦渋を舐めながら生きてきた遊女に救われる・・・。
 そんな悲惨なだけの物語が人々の興味をそそるとは思えない。
 説教節の起源をここで語る気は毛頭ないが、近代芸能の祖の一つであったことは疑いようもない。
 ならば、僅かばかりでも御足を頂こうとする以上、聴衆の心を引き付ける何かが必要だったはず。
 さりとて、官位と言うステータスを持ち、毘沙門天の申し子と称えられる男が、千手観音のご加護を享ける国一番の美女と結ばれるだけでは、庶民には非現実過ぎて物足りない。
 ならばその二人を考えうる最悪の状況にまで追い込んでみてはどうか?
 恵まれた生まれの男を落ちるところまで落とす。
 国を負われ毒で殺され、地獄からなんとか地上に戻されてもその姿は既に畜生にも劣る惨めなものであり・・・そんな話に耳を傾ける当時の人々の顔が目に浮かぶようだ。
 


「いやぁー、因果ってのは恐ろしいもんだねぇー。 なぁ太夫、続きはどうなってるんだい? 勿体つけずに聞かせてくれよ。」

 
  ならば語って聞かしょうか・・・


『上野原を、うっ立ちて、日にち積もりて、見てあれば、四百四十四日と申すには、熊野本宮湯の峯に、お入りある。 なにか合図の湯のことなれば、十七日、お入りあれば、両目が開き、二十七日、お入りあれば、耳が聞こえ、三十七日、お入りあれば、はやものをお申しあるが、以上、七十七日と申すには、六尺二分、豊かなる、もとの小栗殿とおなりある・・・』
(東洋文庫・説教節/平凡社より抜粋)

 
  次なるは、摩訶不思議なる再生の物語。


地獄の底より這い出でて、漂泊の末に掴み取る未来を信じ・・・
漲る力の源は、眩しいほどの命の煌き。

あの時、舞台に立っていたのは、紛れもなく小栗だった。
語り継がれた年月と人々の思いが、大きな力となって溢れ出す。


時を越え甦りし伝説の頂点に輝く人を
私は決して忘れない・・・











タイピングしながらも恥ずかしくてしょーがねぇーよぉー!
オイラ基本はシャイなんだよぉー、本当は
 



[ 2009/06/06 22:13 ] 観劇記録 |

降り止まない雨はない 『オグリ!-小栗判官物語より-』@日本青年館・其の壱 

 
 

 
あの日、まだ冷たいこぬか雨の夜に消えていった背中を
再び雨の日に見送らねばならないのか・・・



目覚めた時、窓の外に広がる灰色の空を見上げながらそう考えていた
そして、その憂いのままに、振り出した雨を恨めしげに眺めながら時を待つ
千秋楽の余韻に興奮気味に語り合う人々の波の向こうに
静かに降り続く雨は季節の変わり目を告げる命の雫
それが解っていても尚、諦めきれない気持ちが胸を占める

  なぜなら・・・

あの人は笑って手を振っていたのだから・・・
満場の拍手が鳴り響く中、眩しいほどの笑顔が煌く
それは、様々な障害を乗り越えた者だけが見せる充足の表情だった
だから、
晴れやかな笑顔そのままに
澄み切った青空の下を堂々と歩いてほしかった
私にはそう願うことしか出来ないから・・・
そして、その思いはあの場に居合わせた人々共通の願いでもあった

  純粋に希う思いは必ずや聞き届けられる

それまでの雨が嘘のように止むと、雲の切れ間から日の光が差し込む

   目も眩むほどの日差しが
      雨に洗われた若葉に残る雨粒を
         宛ら金剛石のように輝かせる

それは奇跡であったのかもしれない

満ち足りた表情のまま手を振って去って行く人の姿は美しい
その端整な横顔が晴れやかにほころぶ
それは、
幾多の苦しみを乗り越えた者だけが得ることの出来る無上の喜びなのか・・・

   おめでとうございます

あなたが、あなたとして生きるこの時に、輝く光がふりそぞぎますように・・・






[ 2009/06/06 14:09 ] 観劇記録 |

かつては寝た子を起していた子守唄  太王四神記@東京宝塚劇場 

 
 
 
 
プルキル様の最高の見せ場と言えば・・・まぁ、その、なによ、ホレ!
  (有耶無耶にしたいらしい)


個人的には子守歌のプルキル様は爺ちゃんVer.であるにも拘らず好きです

実は宝塚初日にこの歌を始めて聞いた時の事

壮さんのソロから皆さんが加わった部分、あまりに大音量で響き渡るその歌に

思わず・・・

    愛しい我が子がビックリするよ・・・
    いや、半径200m以内の寝ている子も起こしそう


などと考えてしまいました

まぁ、翌2日にはかなりソフトな感じを受けましたけどね

しかし、心のどこかにそれが引っ掛かっていたのも確か

なので東宝初日には、ちょっとお腹に力を込めて身構えていたのですよ



 


[ 2009/02/19 14:09 ] 観劇記録 |

二千年の夢・Ⅱ 太王四神記@東京宝塚劇場・花組公演 

 
 
 
 
 プルキル様はけっこう弱い。
 
 
 
 同じく二千年生き続けているサリャンが、見た目ピンピンでバリバリ動けるにもかかわらず、プルキル様は肉体的消耗が激しい。
 
   どうして? 
 
 さしずめ・・・サリャンは常にストイックに己の肉体を鍛え続け、プルキルはユルユルと杯を傾けながら悪巧みばかりしていたのか?
 妖術は二千年かけて磨き上げているのだろうが、体力は無いよね、大長老様。
 
 だってぇ~、キハがタム・ドクと一夜を過ごした直後の、まだ細胞分裂を繰り返しているであろう 『命の素』 状態の子にさえ弾き飛ばされちゃうんですよぉ~。
 まぁ、その転び方が案外可愛くって好きなんだけどね、実は。
 


 そんなこんなで、プルキル様の二千年の夢への道は、思いの外険しいようでございます。
 
 頑張れ、プルキル! 負けるな、プルキル!
 世界征服まで残された神器は、あと三つ・・・ (宇宙戦艦ヤマト風に読む事)
 
 
 
 
 

 
[ 2009/02/16 00:40 ] 観劇記録 |








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